アルブキウス
アルブキウス / 感想・レビュー
傘緑
「本来、人は自由でも奴隷でもない。ただ偶然が後から人間にそのような名を振りまいただけだ…自由とは、できるかぎり他者の奴隷にならないことである。ひとりひとりに備わる自然の権利の行使には、人に社会への従属を強いる権力のもとで生きるときの社会への隷属を除けば、際限がない」大セネカの『論判演説集』に名を残す、アルブキウス・シルス。キニャールが古代の人権宣言だと謳う彼の小説の一節。そして少し間を措いてカエサルの言葉が続いている。「解放されるのはつらいことだ…(我々は)かつての嘆きを惜しむ解放奴隷の群れにすぎない」と
2017/04/27
内島菫
読了後、ふせんを付けた部分を辿ってみると、これまでになくひとつのことを指し示す道が浮かび上がってくるように思えた。つまり、小説のことを。アルブキウスが坩堝から今まさに光のもとに取り出そうとしている小説。それは、打ち捨てられ、雑多で猥雑で、自身にもよく分からないものであり、「第五の季節」でもあるだろう。にもかかわらず(であるからこそ)、「第五の季節」からしか感じることのできないものであり、人が生きてゆくなかで惹きつけられ他者にも伝えたくなるものであるだろう。
2018/05/10
匙
あしかけ2年くらいちょびりちょびり読んでいた。古代ローマの弁論家アルブキウスの仮想弁論…ショートショートを蘇らせて語る本。アルブキウスの弁論を小説として紹介してもいるし、彼の伝記ともとれるし、でもキニャールの博覧から浮かび上がるアルブキウスやその他のローマの人々を自由に歩き語らせた小説でもあるし、ジャンルレスな文学。アルブキウスの世界観はどろりと猥雑で奇妙で饐えた性欲の臭いが漂う。たびたび切り落とされる手のイメージ。二千年前の使用済み下着買取おじさんでもある…。
2022/06/29
月をみるもの
「解放されるのは辛いことだ。我々のうち最も優れたものでさえ、かつての心を惜しみ、かつての嘆きを惜しむ解放奴隷の群に過ぎない」 ← カエサルによる自発的隷従論
2020/10/17
傘緑
「ああ、裁判官、私たちはいつも死の中で、腰まで水に浸かっています。夜になると、顎まで上がってきます。ときに波にもまれて、話もできないくらいです」盲目の息子に倒錯的な愛を抱く娼婦の母親の台詞。伝えられている古代ローマの孤独な作家アルブキウス像、彼の残した作品の断片、そしてキニャールの夢想したアルブキウスとの対話、が混合として語られていく。キニャールはアルブキウスのなかに自分自身の影を見出したのだろう。「おれの書いたものに近づくな。便所の臭いがするぞ」「独り、子もなく、老い、家族が憎い」
2016/08/24
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