アプロネニア・アウィティアの柘植の板
アプロネニア・アウィティアの柘植の板 / 感想・レビュー
傘緑
「肉体の九つの穴が無意味に大口を開けているように思える。その穴もおそらく、空虚に向かって開いていることに気づきはじめているのだろう。わたしの九つの穴は死の沈黙と語らいはじめている」『枕草子』をおそらく意識しているが、随所に見える率直かつ露骨な性描写は、どちらかというと院政期の頽廃のよう。盛りを過ぎ、異教(キリスト教)や異民族に崩されていく、斜陽につつまれたローマ帝国に生きた一人の女性のしたためた日記、という形態をとった一種の偽書。虚ろな華やかさ、むなしさや儚さのこもった、滅びを前にした仇花の最後の狂い咲き
2017/08/11
傘緑
表題作にそえられた短編『理性』の一節。「…この地上に大英帝国を築きつつあったディズレーリは『いっさい釈明するな』と語った。このディズレーリことビーコンズフィールド伯爵は次のようにつけ加えることもできたかもしれない。すなわち、その根拠を問われれば主権は揺らぐ、と。権力というものはそもそも野蛮なものでありながら、その根拠や起源を隠しうるかぎり、神に似ている。人それぞれが今ここにあることをさかのぼれば、快楽の野卑なうめき声があり、そのイメージはふだんあまり脳裏に浮かんでくることはない」
2017/08/11
内島菫
古代ローマの存在が、西洋の少なくとも教養人にとっていかに大きいか、にもかかわらず(であるからこそ)古代ローマがどれほど茫洋としたものであるのかがが想像される。そこに偽書が入り込む豊かさという、古代ローマをも含む地上の光と影がある。『辺境の館』でも感じたが、感情や心理描写が排除されているのがいい。またセックスについてのもったいぶらないあからさまで当たり前な描写には、大胆さよりも素朴さという形容が似合うだろう。
2018/04/02
rinakko
再読。ローマ帝国終焉を前にした貴族たちの頽廃、処刑や略奪に絶えないその時流に対するアプロネニアの優雅な無関心に、なぜか惹かれてしまう。貴婦人の矜恃なのか、ただ疎ましさから目を背けていただけなのか。忍びよる死への不安を少しでも忘れている為に、日々の記録を事細かく残すことで防波堤のようにしていた…というキニャールの視点に、どきっとした。虚無に向かって踏みとどまろうとする、足場としての日記。“とても長いもののうちに幼年期を入れよう。/柘植の木立。/(略)/老い。/海亀。/死んだ人の死。/不眠。/烏。/
2023/09/11
uni
気になりすぎてもう購入。古代ローマ版「枕草子」。ローマの貴婦人アプロネニアの随想集。しかしどうやら、キニャールによる創作らしいですが。考えれば考える程変わった本。3分の2くらいは、書いてることに興味がもてない。枕草子よりかは性について奔放といいますか、下世話といいますか(笑)淡白な文章かと思い油断していたら偶に痛烈なアイロニーが襲ってきて大声で笑った所が数カ所。旦那の毛(笑)そして「月初めの金利」を、なさねばならなさすぎ。謎な本でした。謎過ぎてキニャールのファンになりました。(笑)
2013/10/28
感想・レビューをもっと見る