ローマのテラス
ローマのテラス / 感想・レビュー
メタボン
☆☆☆☆ 「伝記ロマン」(そんな言葉はないかもしれぬが)の型式を借りた小説。主役は「版画」であるように感じた。彫琢された腐食版画の暗い世界に惹きこまれる。「春画トランプ」ってどんなものなのか激しく気になるが、もっとうまい訳語はなかったのかな。そこに暗さ、淫靡さを籠めたかったのかもしれないが。翻訳は難しい。ところどころに出てくる警句のような断片がすごく深い。モームが架空の版画家だと思ってはいたが、思わずググってしまった。それほど真実っぽく感じる語りだった。そして何より銅版画の妖しい世界がとても気になった。
2020/02/03
ぞしま
再読。判別しがたい時制で語られるのは生の断片、確かなのは激烈な恋情と、取り返しのつかない瑕疵と、その後の足取り(それも判然としないのだけれど)…その様は、お国も時代も違えど、映画『アンドレイ・ルブリョフ』を想起させた。キニャール作品には現代を舞台にする作品もあり、過去に遡った話もある。いまの私には芳醇さと鮮やかな強度に満ちた前者が好ましく思えるのだが、後者の持つ寓話と箴言の融合、愛惜を排除して漂うソリディティ、止まれぬ再読性も素晴らしい。そして、こうした作品はいっとう感想を書くのが難しい。
2016/02/19
Bartleby
すでに婚約者がある女性と通じたがために、銅版画家に降りかかった不幸。薬品を浴びて醜い姿となった彼は、突如断ち切られた幸福を胸にヨーロッパを遍歴する。著者は接続詞のかわりに断片という形式を用いる。それは、画家が春画トランプを製作していることとおそらく類比関係にある。ともあれ、なぜ17世紀の架空の版画家について執拗に語るのか。その動機が謎だった。「めぐり逢う朝」もたしか17世紀の話だった。キニャール氏は17世紀フランスを偏愛してるのか。
2022/12/02
鷹図
17世紀の架空の版画家、モームの生涯と遍歴を書いた作品。資料や通説の空白をこれ幸いと、下世話な想像力で埋めるような類いの歴史小説ではなく、「活字による銅版画集」と読めるような、芸術的な意図を重層的に折り重ねた小説。最近読んだ某ハンマーム小説に近い作風だけど、構成の巧みさも文章の洗練の度合いも、語られる主人公の魂の強度も、こちらの方が一枚も二枚も上手だった。それはこの分野における、作者の年季の差なのかも知れない。個人的には同作者の『辺境の館』の方が好みだけど、愛憎に端を発す過酷な旅路は、凄烈にして清冽。
2013/04/09
傘緑
「ぬらぬらと青い性器を勃起させたまま、モームは立ち上がり…前進しては遠ざかり、後じさりした。滑稽でもあり虚しくもある瞬間だった。ジャコブスの娘の婚約者は硝酸を投げつけた」 不思議な一文である。静かな諦観の支配するこの小説の中でこの一文だけがある意味腐食版画家・モームの人間臭さを、そして行動を感じさせる。それは片隅でその後の人生を捧げる銅版画の作業を暗示させるものかもしれない、エッチングとビュランの反復 「彼は立って制作した、前かがみになり…覆いかぶさるような姿勢で…彫り上げると…硝酸を浴びせた」
2016/09/08
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