島とクジラと女をめぐる断片
島とクジラと女をめぐる断片 / 感想・レビュー
ヴェネツィア
原題は"DONNNA DI PORTO PIM"(ピム港の女)なのだが、訳者の須賀敦子さんによれば、それに先立つクジラをめぐる断章を捨てがたくて、このようなタイトルになったらしい。小説としての結構は、末尾の表題作(本来の)に尽きる。タブッキの作品中でも、小説の持つ面白さという点では1,2だろう。ただし、小説の最後で事件を語ってしまうのは惜しまれるのだが。作品集全体の舞台となったアソーレス諸島、クジラ、そして捕鯨漁師たちの描写は、散文的というよりは、むしろタブッキが紡いでみせる詩のような趣きだ。
2014/12/08
アナーキー靴下
どこまでが本当でどこからが虚構なのかも曖昧な、メタファーたっぷりの断片。私には叙事的に感じて入り込みにくいけれど、好きな人にはむしろ叙情的に感じられるのかもしれない。想像力が貧弱な私はすこぶる情緒的に書かれた物語を好んでしまうのだろう。他人の想像力を借りないと何も想像できない。単純に、海に馴染みがないのも関係していそうだ。「その他の断片」の、マッコウクジラの最期はドキドキした。「あげくのはて太陽のかがやく日がおとずれると、ガスが充満してふくれあがった腸が轟音とともに爆発し、一帯に残滓がふりそそぐだろう」
2021/08/11
市太郎
タイトルどおり。断片集。僕は島もクジラも女も好きなのでまさにぴったりの本ということになるのですが「ピムの港」以外きちんと読めた気がしない。幻想的で隠喩? が多くとっつきはあまりよろしくない。しかし中毒者が出るのもわかる。とても魅力的な本でした。またじっくり読み返したいと思います。「ピムの港」が良かった。初読ではこれだけでもこの本を読む意味があるのではないでしょうか。そう言えばクジラって生で見たことがないなと思い、こんなメジャーな生き物なのに。クジラを見たことがない私の人生は何か足りないように思えた。
2014/08/12
キジネコ
哀感漂う喪失の物語です。狩られる生き物 鯨は、この星の半球を隔てる彼方の同胞と言葉を交わし 地虫の如きヒトが彼らを殺す意味を問う。この星と宇宙のスケールを 未だ我らは知らず、彼らの生きる水平を、その瞳に映る地を這う哀れな生き物の歌を知らない。捕鯨者は仕事を失い、島はヒトを失い、ヒトは希望と人生を失う。愛と欲望の奪う女は、命を代償に差し出し、立ち尽くし じっと海を見つめる殺す男は、正に余人にあらず。タブッキの言葉は 人知れず蕭々と海面に降る静かな雨の様に 私の内側を濡らす。そっと手の中のモノを見ました。
2015/04/17
zirou1984
過ぎ行く歳月を散文的にしか過ごせなかった。人生は挫折と言う名の瓦礫に埋もれてしまった。自分語りすら出来ない難破船の様な生に少しでも身に憶えがあるのなら、断片的な作品である本書に触れてみてはどうだろう。ポルトガル領アソーレス諸島を舞台に広げられたイマジネーション、人々の言葉、詩人の言葉、鯨の言葉。それは須賀敦子による滑らかな訳文によって更なる気品を備えて波打ち際へと届けられていく。まえがきから最初の短編、最後からあとがきにかけての箇所が本当に美しい。それは難破船にも届いてしまった、宛名のない手紙の断片集。
2016/06/06
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