売色鴨南蛮
売色鴨南蛮 / 感想・レビュー
井月 奎(いづき けい)
鏡花の筆、ここに極まれりです。医学士の秦は遅れた汽車を待ち、春の雨に花の色とともに佇みます。その雨に足元を見れば緋鯉が泳いだかと思う褄には紅も鮮やかな緋縮緬。それは秦の命と心を救ってくれたお千その人。今は狂ってきょろんと坐っています。食うにも窮した秦は、塩煎餅をくすねますが、それは彼をからかう餌だったのです。煎餅一枚に誇りを奪い取られた秦は自らに剃刀を向けますが、お千にとめられます。そのお千が自らを認めることなく狂ったふう。昔、お千に見せた涙をまた秦は流しますが、二つの涙は違う光をたたえているのでしょう。
2016/03/06
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