トリスタンとイズー
トリスタンとイズー / 感想・レビュー
ヴェルナーの日記
『トリスタンとイズー(イゾルデ)』は、映画や音楽など数多くの作品のモチーフになっていて、ワーグナーが作曲した楽劇には、ワーグナーが「あらゆる夢の中で最も麗しい夢への記念碑」と自身で述べているように、この作品は愛の究極的な賛美であるとともに、感情的な体験を超えて形而上的な救済を見いだそうとする作品に位置づけている。特に「トリスタン和音」や、一つの旋律が終わらないうちに新しい旋律が前の旋律に一つの線でつながるように工夫を凝らした「無限旋律」という”移行の技法”駆使された俊逸な作品に仕上がっている。
2019/06/08
KI
手放してしまったはずなのに離れ難く、そして愛の肉声を知る。
2020/02/24
星落秋風五丈原
クライマックス、瀕死の床で必死に身を起こそうとするトリスタン。愛する王妃イズーの乗る船を、一目見んがためである。しかし彼の側には、これまでずっと看病してきたもう一人のイズーがいる。彼を深く愛している妻イズーが。それなのに彼は、自分を愛する人の目の前で、自分が愛する人への愛を見せてしまう。この時のイズーの心中は、察するにあまりある。知っていて、知らないふりをずっとしてきた。それなのに一番知らせて欲しくない時に、一番知らせて欲しくない人に一番残酷な形で知らされてしまう。人をこんなに変えてしまうものが愛なのだ。
2007/10/16
のれん
恋した女性による熱烈な行動。これを起点にするケルトの物語は結構多い。グラーニアやディアドレをモチーフにしたイズーも私を連れて行けと、男を動かしていく女性。 これに対して王や夫が妨害してくるわけだが、トリスタンのやっちまった所は別の女性と結婚したこと。しかも同じイズーの名前を持つ女性と。 そりゃ男は比較するし、女は比較されてると感じてしまう。恋してるのに報われない、尽くしてるのに報われない。同じ名を呼んでいるのにどちらにも届かない。 同じ名前という演出ギミック。この一点だけで画を想像させるのはすごい。
2020/02/24
詩歌
タイトルは「イズー×トリスタン」の方がマッチしてる。メモにはイズー(攻)って書いてるもの(笑) 海外の感覚でよくわからないものの一つが髪の色。ドラマで、蝋燭の光にピカピカ反射する栗毛を見た時その難しさを実感した。赤毛は金髪の一種と判別される。
2014/05/18
感想・レビューをもっと見る