凍りついた香り
凍りついた香り / 感想・レビュー
青蓮
小川洋子さんが描く世界は何時だってひとつの乱れもなく、音もなく、ただ静かに沈黙している。色も形もない、まるで香りのように。過去を、記憶を、再生させるのは香りなのだ。自ら命を絶った調香師には幾つもの顔があった。何をやらせても天才的な力を発揮する彼。人からも慕われ、いつも人の輪の中心にいた彼。しかし、そんな彼であってもどうすることもできない孤独を抱えていたのではないだろうか。勝手な印象だが、それを理由に彼は死を選んだのかもしれない。
2015/06/30
emi
「感じる」物語。調香師の恋人が自殺したことを信じられない主人公は、謎の多かった恋人のことを調べていくうちに、自分の全く知らなかった恋人の過去を知っていく。出てくる香りの文字から実際の香りを思い浮かべることはたやすい。けれどこの話は香りの話である以上に、何かを感じさせる…考える話ではなく。香りから感じ取る事がこの物語のキーワードのように思う。恋人の気配、体に触れた感触、そして香り。過去を調べていく間も、手がかりとなるのは彼の感覚を記したメモ。ラストはミステリのような雰囲気と幻想的な残り香を漂わせていた。
2015/04/18
ロッキーのパパ
ルーキーの死後、彼の実家やプラハまで出かけて彼の痕跡を追い求める涼子の行動に軽い狂気を感じつつ、読み進めた。小川洋子の作品では、無国籍で寓話的世界観が好きなんだけど、この作品は弘之や彰と言った固有名詞の頻度が多く実在感がありすぎるように思えた。文章の透明感や、温室や調香師といった道具立ての使い方は相変わらず好きだけど。数学コンテストの描写を読んでいると、ここから「博士の愛した数式」につながっていくのかと考えてしまった。
2012/08/15
テツ
自殺した調香師の恋人を想い彼の足跡を辿る涼子。生前の彼を追えば追うほど彼が抱えていた悲しみと孤独を知ることとなり、愛する人間を失った自分の悲しみと喪失感も増大していく。劇的な事は何も起きない。起きないけれど、全てが静謐で清らかで静かすぎるためなのか、若干の狂気を感じさせるような冷たい物語。記憶を想起させる香り。ずば抜けた才能を持ちながら母親の狂愛により壊れかけていた彼が残した、私に染み付かせて逝った香り。小川さんの静かに狂っているエロチシズムは晩秋の夜の読書にハマる。
2016/11/07
冬木楼 fuyukirou
不思議な物語だった。恋人が自殺した理由を探しに(?)彼の実家へ、彼が高校生の時に訪れたプラハへと足跡を追いかける。わずかな手掛かりは調香師であった彼が調合した「香り」。 謎解きモノかと思ったら主題はそこには無く、恋人に先立たれた「悲しみ」、恋人がかかえていた「哀しみ」にあるように思う。静かな物語だった。
2016/05/27
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