ユートピアの歴史
ユートピアの歴史 / 感想・レビュー
ヴィオラ
神話・古典からはじまって、現代のエコロジーやポプカルチャーまで、多方向からユートピアの歴史を論じた1冊。この「多方向から」っていう部分がとても楽しくて、中世の荒唐無稽な旅行記とか読みたくなりました。震災が起こってしまった今こそ、逆に、これからの日本にとっての「ユートピア」とはどういうものか、考えるいい機会だと思うんだけどな…。
2013/11/17
ざっきい
「未来の考古学」を読む前に、ユートピアという概念について知りたく読んだ本。ユートピアの語には単なる天国的なイメージではなく、規律や平等性、あるべき姿といった到達可能な社会的"希望"があると主張しており、それが歴史的に見渡せる一冊になっている、と思う。理想の統治形態とも関連するため政治哲学と重なる部分もあるが、想像力が現在を超える力になるかという点で、そして個人ではなく社会の"希望"を扱うという点でユートピア論は面白いジャンルかもしれない。というわけでこれから読む「未来の考古学」に期待。
2016/12/30
塩崎ツトム
だれかにとってのユートピアは、だれかにとってのディストピア。たしかに「すばらしい新世界」を読んだ後、こんな世界、まんざらじゃないかもと思った自分がいた!
2013/11/19
okimine_yuiki
他界観や異界、異世界モノにも繋がりそうで凄く面白い。宗教観のあの世からSFまで多岐にわたるので、読者によって着目点が変わりそうだ。ユートピアは共同体であり享楽的な人間は苦労するのが面白い。一昔前の豊かな時代でも「際限なき欲望の肯定!ショッピングモールこそ我らの寺院!」とはまず言わないだろうし。節制と共有・再配分を美徳とする考えは普遍的なものだろう。そこで共同体が管理社会のディストピアとなるか、目指すべき現実的な理想社会となるかの違いは何だろう?科学の進歩と共に「ここでは無い場所」が遠くに移動してるの面白い
2023/01/07
jackbdc
うーん、考えさせられる。ユートピア⇔ディストピア論と個人の幸福論は別のモノとして考えなければならないという(あたり前の?)事に気付いた。理由としては、第一にユートピア云々は外部環境に過ぎないため個人の内面的な幸福感情を保障するものでは決してない事。第二に理想や悪夢の尺度が時代や文化との比較により設定されるため限界を感じる事。第三に人間関係の規定は構造的(自由の侵害に繫がる為)に困難である事。第四に統治や権力に対する自由の価値について個人に引き付けた場合に(責任の受任等の)両義性の考察が不可避な事など。
2021/01/01
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