八月の日曜日
八月の日曜日 / 感想・レビュー
ヴェネツィア
訳は堀江敏幸。この小説の訳者としては最適だろう。前半はニースが物語の舞台。ただし、陽光溢れる夏のニースではなく、オフシーズンのうら寂しさ漂うニースだ。ここでもモディアノが語るのは喪失の物語。突然に消えてしまったイザベル。彼女が何者なのかは物語の後半で明らかにはなる。しかし、彼女の何を「私」や読者が知り得ただろうか。どこか謎めいた人物ばかりが次々と登場し、挙句にはイザベルは「私」の前から消える。私たちにはとうとう何もわからない。ただ、唯一確かなのは、もはや再びイザベルに会うことはないだろうということだけだ。
2014/11/22
ケイ
人がいなくなってしまう事の怖さと絶望感。「イボンヌの香り」でも感じたテーマ。悪人でなくとも、真っ当な事をしない中でしりあった者同志の連絡が絶たれた時、その関係の脆さが露呈する。愛している者を探そうにも、関わった者たちの正体さえ知らないことに気付いた時の恐怖。しかし、自らのI.D.だって晒しているわけではないのだ。そんな舞台に夏の南仏はおあつらえ向きだ。リビエラほど如何わしくないし、西海岸のように開放的でもない。少し、スノッブであれば、不躾な質問を互いに投げかけることもない。後にそれが命取りになろうとも。
2017/02/17
buchipanda3
ある男が南仏で体験した忘れられない記憶。話はその男の回想として進むが、初めは何が起きたのか分からず、怪しげな(語り手自身も)人物たちとの意味深な会話が断片的に綴られる。そのミステリ風味、過去と現在に翻弄される人間の心理劇、そしてそこに潜む叙情的な哀惜と交錯する光景にいつの間にか取り込まれていた。喪失、後悔、諦念、それは過去を振り返る者が逃れられないもの。ただ最後の場面やヴィルクール夫人の描写など著者の過去を抱えた人間の心に寄り添う感が垣間見え、単に重苦しくならず、人生という情景を読ませる魅力となっていた。
2023/07/29
R子
主人公の回想は茫漠としていて掴み所がない。登場人物たちの関係性も中々明かされず、皆謎めいている。ダイヤモンドをめぐる悲劇の話だが、読者は靄の中を歩き続けてそこに取り残されてしまうだろう。皆何処へ行ってしまったのか...という不安と焦りで、特別に思えたあの“八月の日曜日“さえ夢のように遠いものとなってしまった。哀しい。でもとても好きな世界観だった。
2015/01/17
ドン•マルロー
物語はある男との再会から始まる。そのことによって主人公は、かつて一緒に逃亡生活を送りながらも、唐突に行方が解らなくなった女性シルヴィアの記憶を否応なく喚起させる。小説は時間を遡りながら、彼らの過した日々を断片的に描きだす。むろんモディアノ作品だから最後まで明確な答は何も得られない。シルヴィアがなぜいなくなったのか、どこにいってしまったのかさえ。だが、小説はもっと重要なことを示してくれる。八月の日曜日までの、あの幸福な日々のことを。それは愛する女性と過す短い休息の至福の期間のことだ。
2015/12/30
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