上林暁傑作小説集『星を撒いた街』
上林暁傑作小説集『星を撒いた街』 / 感想・レビュー
さらば火野正平・寺
良い小説集だった。装丁も良い。上林暁の力ではあるが、同じくらい選者である山本善行の力だと思う。巻頭の『花の精』のクライマックスは私も花に酔うようだった。『和日庵』は老いた鳴海要吉の文学を愛する気持ちと、その尊い経験と学識にリスペクトする上林暁の素敵さに私の心が勝手に共鳴して、気付くと泣いていた(乃木坂46の『シンクロニシティ』みたいだが)。文学者が多数登場する『青春自画像』、『聖ヨハネ病院にて』に読み進めたくなる病妻物『病める魂』『晩春日記』も涙。詩人・高台鏡一郎を偲ぶ『諷詠詩人』、最後に表題作。お薦め。
2019/08/27
ユメ
上林暁、という作家を、クラフト・エヴィング商會が紹介していたことで知った。好きな作家の好きな作家を読める、という無類の歓び。詩人のような、美しくて物哀しい言葉を紡ぐ人だ。夏葉社の丁寧な造本がよく似合う。表題作の中に広がる星を撒いたような街の灯の清らかさにはっと胸を突かれる。貧しい友人の家から見た夜景に主人公がこれほど感嘆するのは、ひとつひとつが生活の灯だからなのだ。人々の清貧な魂の煌めきだからなのだ。主人公が病床の妻への想いを月見草に寄せる「花の精」も好ましい。他の短編からは昭和の文士たちの交流も覗ける。
2018/05/14
kawa
夏葉社、出版初期(3作目?)の私小説集。私小説自体があまり得意でなく本作も途中で読みが止まっていた。しかし、視界の隅でチラチラと「私をどうしてくれるのよ…」の如き微熱閃を感じ、「仕方ないなあ」と手に取るとアラ不思議するする読了。何気のない人生の一コマの味わいや苦み、そんな描写がはまっていくのだろうか、癖になりまた手に取る作品なのかも。こういう世界を味わえる読み手になれば、また幸せだと思うのが今の現状。武田泰淳「目まいのする散歩」を思い出した。
2020/02/25
Y2K☮
改めて「花の精」は傑作。たぶん執筆時に件の植木屋に読まれる可能性を考慮したはず。それでも赤裸々な本音を綴ってしまう点に私小説作家の覚悟と凄みを見た(かの葛西善蔵も批評の際は友人や同門に忖度しなかったとか)。表題作のみ三人称。収録作のなかで最も古い。プロレタリア文学の気配を漂わせつつ、重苦しさよりも瑞々しさが前に出ている。「諷詠詩人」は倒れて寝たきりになる少し前に書かれたものか。あるいは鏡さんが「君にはまだやることがある」とこちらへ押し戻したのかな。口述筆記になってからの作品を読みたい。「白い屋形船」とか。
2024/09/08
Y2K☮
夏葉社の本。太宰治チックな「花の精」がいきなり傑作。この人にも月見草がよく似合う。1年7か月も会えなかった奥様とのエピソードを描く2作は胸が苦しくなる。「命の家」も読みたい。著者は多くの私小説作家がそうであるような自己破滅型ではなく、社会と折り合いを付けられぬ気難しい芸術家でもない。だが底辺に近いところで懸命に生きる人たちとの接点に材を採った作品の筆致はどれも温かい。野暮天と見られたくないがゆえに理解を装う輩もいるけど上林暁は違う。不条理に翻弄される生涯の中で健やかな魂を失わぬ人間性に惹かれた。重版希望。
2023/11/21
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